【祝】30周年!3人の天才によるドラクエ製作秘話まとめ!鳥山明キャラ作成の苦悩を暴露。堀井雄二が消えたキーファ・ゲレゲレの理由を語る。


ドラゴンクエスト30th そして新たな伝説へ 2016.12.29放送

ドラクエを作り出した3人の天才といえば堀井雄二・すぎやまこういういち・鳥山明氏のことです。

今や誰もが知っているRPGの先駆けとなった国民的大人気ゲームですね。

 

発売日には大行列ができ、社会現象にもなりました。

 

そんな大人気のドラクエの歴史と誕生秘話から、製作陣の裏話・情熱をみていきましょう!

参考HP:ドラゴンクエスト30th ~そして新たな伝説へ~ – NHK

 

 

ドラゴンクエスト30周年の歴史

 

伝説は1986年に始まりました。

 

 

1986年:ドラクエⅠ 

 

1987年:ドラクエⅡ

 

1988年:ドラクエⅢ

 

1990年:ドラクエⅣ

 

1992年:ドラクエⅤ

 

1995年:ドラクエⅥ

 

2000年:ドラクエⅦ

 

2004年:ドラクエⅧ

 

2009年:ドラクエⅨ

 

2012年:ドラクエⅩ

 

ドラクエ製作陣3人の天才を紹介

 

①堀井雄二 ゲームのシナリオを作り出す天才

 

実際の人生では味わうことができない魅力的なシナリオを作り出す天才

 

ゲームのストーリーを組み立て続けて30年。彼が作ったストーリーを元にゲームの画面が作られていく。

 

堀井氏の大切にしていること

 

それは

「プレイヤーの気持ちになりきること」

 

ドラクエ開発当初のNHK取材でのコメント

 

「やる人間の身になってつくるということ。本当に基本的なことなんですけど、ここを外しているゲームは少なくないってのがあると思うんですよね。いきなり遊ぶ側が作り手に回っちゃうとしめちゃおうとする。」

 

「楽しんでもらう考え方じゃなくて難しくしてやろうって考え方で作っちゃう。それは機械しかみていなくて、遊ぶ人間をみていない。モニターの向こうに人をみてもらえれば、きっとこんなゲームはやれないよというゲームにはならない」

 

自分が作っているゲームをあえて客観的に見つめることを大事にされているとのこと。

 

番組HPにて募集したドラクエにまつわる質問・キーファ問題・ゲレゲレ問題についても言及

 

Q1

「堀井さんがプレイヤーの場合、名前は何にしていますか?」21歳女性

 

堀井

「身バレしていい場合は、『ゆうぼん』」

 

ネットゲームの場合は違う名前にするそうです。

 

ちなみに山田孝之さんは毎回「そらまめ」

 

Q2 42歳女性

「主人公が民家などに勝手に入ってタンスを開けたり、ツボやタルを割ったりしてます。それを勇者ヨシヒコでネタにされたりしています。そのことについてどう思われますか?(笑)

 

堀井

「僕が人の家に行くと、冷蔵庫勝手に開けたりするんで(笑)そういうことでゲームの中だからやってもいいかなということで。」

 

山田

「僕は全部割ります」

 

 

Q3

「堀井さんがドラクエを作るうえで大切にしていることはなんですか?」37歳女性

 

堀井

「自分がプレイヤーでやった時に、楽しめるワクワクできるかどうかと、めんどくさくないかどうかですかね。一番はどうしたらいいか分からないのが辛いと思うんですよ。プレイヤーとしては。これをなくそうと。」

 

「次はどうしたらいいか分からないというのはなくなって、どうでもできる。でも、やりたいと思わせなきゃならないんで、あれ!?これやったら次どうなるの?という期待感をつくるというところですかね

 

Q4 「キラーパンサーの名前を選とき、いつも『ゲレゲレ』にしてしまうのですが正直言ってどれも微妙です。なぜあんな変な名前ばかりなのですか?意味があるのですか?」30歳女性

 

例)

ボロンゴ、プックル、チロル、ゲレゲレ

 

堀井

「そう変ですかね?ゲレゲレ選んだ人多いんじゃないですかね。」

 

山田

「僕、ゲレゲレは一番なかったですね。毎回ボロンゴですね。『ゲレゲレって!』って思いました。愛着が湧かない、愛せない(笑)」

 

※ちなみに僕は毎回ゲレゲレにしていました(笑)

 

Q5

「ドラクエⅦのキーファは何で意味ありげに退場したその後、話にすら出てこないのですか?」20歳男性

 

山田

「これはありますよね。キーファ問題は」

 

堀井

「最初は、もうちょっと後にいなくなるはずだったんですけど。色んなものを与えていなくなるのは辛いからなるべく早くいなくなるようにした。それでもやっぱり種を与えたのにとか言われちゃって(笑)」

 

山田

「みんな経験してますよねⅦのキーファに関しては。あのビジュアルとか、こいつは絶対最後までいるんだろうと思って種を与えてたら、えっ!?いなくなった!?って」

 

堀井

「ドラマに切なさを出したかった」

 

Q6

「ドラクエが成功して一番良かったと思うことは?」39歳 男性

 

堀井

「なんだろう。良かったですよ本当に。転職じゃないかってくらいゲームが好きなんです。ゲームのことを考えていると面白いことを思いつくし。他の仕事はできないんじゃないかと思って。他のサラリーマンとかしたら、辛い人生を歩んでいるような気がします。時代も良かったし、運も良かったしね。何か天職だったような気がします。」

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② 鳥山明 キャラクター担当 漫画家 

ドラゴンボールの作者であり、可愛らしいキャラクターデザインを手掛ける天才

 

 

鳥山明先生とドラクエの仕事をする上での窓口役であり、20年ほどの付き合いがあるという伊能 昭夫編集長にインタビュー

 

 

鳥山明先生はどんな人?

 

伊能

「お会いした方は、皆さんおっしゃるんですけど、すごく・・・いい人」

 

主人公キャラクターデザインを決める際のメールやり取り

 

開発チームからの鳥山明へのオーダー

「今回の主人公に 物語の流れ上、フードをつけてほしいのですが」

 

鳥山

「書き直すのはそれほど手間ではないのですが、フードをつけると、剣の位置も腰になり、腰のベルトのたすき掛けもなくなって若干、勇者らしさが薄れる感じになりますがそれでもいいでしょうか。

(個人的には、このままの方がカッコいいと思うのですが)

 

よろしくお願いします。

鳥山

 

ものすごく丁寧な物言いですが、主張をしっかりされています。さすがにこだわりを感じさせますね。

 

鳥山明のキャラクターが他のキャラデザイナーと違うところ

 

伊能

「そこはイメージイラストではないんですよね。動かすことを前提に作られている。たんに、2次元で絵を描きましたではなく。実際にキャラクターが動くことになると服装や武器が使えない形になっていたらいけないってすごく言うんですよ」

 

「たとえば両手剣にしてくださいって言っても、両手剣でここに県を刺したら剣が出せないじゃないかとか。構造的に無理じゃないかってことはすごく言われていて。発注の段階で、『これはできないからこうしました』とか、『この状態でこの武器はこう使いません』とかすごくあります。」

 

これは漫画家ならではの視点が活きているということでしょう。

 

キャラクターデザイン

 

これまで500以上のキャラクターを生み出してきた。

 

その一方で、無数のボツになったボツデザインも存在する。

 

なぜボツにもめげず30年もキャラデザインを続けて来られたのか。

 

鳥山明からの本音メッセージ

 

「どうも、鳥山明です。僕自身の露出はNGにしているため出演できず本当に申しわけありません。ほんの軽い気持ちで、キャラクターデザインを引き受けたドラゴンクエスト。『ロールプレイングゲームってなに?』そんな時代でした。まさか、その後30年以上続くなんて思ってもみませんでした。正直、そんなに続くならお断りしていました。同じようなことを長く続けるのってダメなんです。」

 

「ドラクエシリーズのキャラクターデザインは楽しくもキツい仕事です。今はほとんどメインの人間達ばかりでそんなに多くのデザインをするわけではないのですが、なにしろデザインを担当するキャラクターたちは基本的にマジメないい連中がほとんどです。個人的にはあまり興味のない健全なキャラクターなんて、そんなバリエーションを持っていません。しかも、ファンタジーとはいえ、ある程度の時代設定をはずしてデザインするわけにもいかず回を重ねるたびにドンドンつらくなっていき、まさに騙し騙し描いているような状況です。」

 

「細かく指定されるデザイン設定も自由度が低く、たまに妙なデザインを楽しんだりすると、やはりボツになってしまい、昔のようになんでもない雑魚モンスターを好きなように描かせてもらっていた頃を懐かしく思うこともあったりします。」

 

「でも御心配なく。引き受けた仕事は目いっぱいやる主義ですから今度のドラゴンクエスト11ももちろん一生懸命頑張ってデザインしています。世に出るのはまだ少し先でしょうけど、どうぞお楽しみに。」

 

OKになったキャラが500以上ということで、ボツのキャラや漫画のキャラを入れたら相当な量のキャラクターを生み出してきたことになりますね。

 

デザインすること自体が辛くなってくるのも、うなずけます。

 

こうして世の中に愛され続けるキャラクターが生まれているんですね。

by カエレバ

 

by カエレバ

③すぎやまこういち ゲーム音楽担当

 

壮大な音楽を手掛けている。とても85歳にみえないですね。

 

すぎやま

「街の曲にしてもフィールドの曲にしても何にしても全部新しい新曲でやる。分かりました!とは言ったものの、全部新曲、曲数ドーン!これはえらいこっちゃ。老骨にムチを打って頑張っております。」

 

スタッフ

「30年間続けて来られているのは、何が原動力になっているのでしょうか」

 

すぎやま

「ドラゴンクエストというゲームが大好きですし、ドラクエ愛がある限り続けていけると思います。」

 

ドラクエの曲のベースは一貫してクラシック音楽であるという特徴がある。

 

すぎやま氏が様々な音楽の仕事を経験してきてたどり着いたという。

 

ゲーム音楽とその他のジャンルの音楽の違い

 

すぎやま

「ポピュラー音楽は最初の印象でお客をつかむことが大事。クラシック音楽は最初のインパクトはそんなになくても、何回聴いても飽きない。これがクラシック音楽。ですから、ゲームの音楽というのは、第一印象で掴むよりは噛めば噛むほど味が出る。何回聴いても飽きない。そうすると必然的に音楽の作り方はクラシック音楽をベースに考えて作るのが正解だろうと思ってドラクエの音楽シリーズはずっと来ているわけです。」

 

ギネス世界記録に登録された

 

「世界最高年齢でゲーム音楽を作曲した作曲家」としてギネス世界記録に認定された。

by カエレバ
by カエレバ

3人の天才が生み出したドラゴンクエスト誕生秘話

 

 

33年前

 

堀井雄二 フリーライター29歳

 

後にドラクエのシナリオを担当することになる人物。

 

あるゲームコンテストを取材する記者という立場でありながら、こっそり自身が作ったテニスゲームを出品していた堀井氏。しっかり入選している。

 

堀井氏の古くからの友人で、堀井氏に記事の取材を依頼した鳥嶋 和彦氏(少年ジャンプ編集者?)によると

 

「エニックスのゲームコンテストをやってソフトを作ろうという話になって、テレビでNHKだけ決まっていて出版社をリストアップして僕のところに来た時に、僕は他の出版社に行かないでくれ、独占でやらせてくれって言ったんです。その取材を堀井さんがやって、堀井さんが知らないうちに投稿していたっていうね」

 

堀井氏はゲームコンテストの表彰式で中村耕一氏(ドラゴンクエストのプログラマー)に出会う。

 

中村

「コンテストを記事にするライターとして取材をする立場だったので、色々取材を受けたんですけど、『実は僕も応募しているんだよね』みたいな感じ。それが出会いでした」

 

その後、互いを認め合い、タッグを組むことに。

 

当時、家庭用ゲーム機が登場したばかりで、アクションやシューティングゲームが全盛期の時代だった。

 

2人が注目したのが日本では馴染みの薄かったRPGだった。

 

ウィザードリー:敵との戦闘シーンが魅力のRPG

 

ウルティマ:宇宙空間まで広がるフィールドが魅力のRPG

 

「ウィザードリー」と「ウルティマ」にそれぞれハマっていた2人は、この2つのゲームの良いとこどりをしたゲームを作ろうと試みることになった。

 

この話を聞いた鳥嶋氏は

 

鳥嶋

「是非、ジャンプでゲームが始まるところから出来上がるところまで追いかけたいと。ジャンプでやるには、編集部の中の人間を説得しなきゃいけない。ちょうど鳥山さんがゲームが嫌いじゃないって知っていたので、キャラクターのデザインをお願いした。そうすればジャンプに載せる必然性もできるからということで。」

 

ドラクエの話を依頼した時の鳥山明のリアクションは?

 

「いいですよ。数がたくさんじゃなきゃって」

 

ドラクエ開発に関わったWe Are The World

 

We Are The Worldといえばマイケルジャクソンなどの世界的スターが集結して作られた曲。

 

千田幸信氏(ドラゴンクエスト初代プロデューサー)コメント

 

「メイキングビデオをテレビで放送しているのを観た時に、その曲というのをヒットさせるんだという前提でモノを作っているのを見たんです。なるほど、やはり最初に決意しなきゃいけないんだなと思いまして。最初、ゲームのプロジェクトをスタートさせるときに、『私はこれから世界一のゲームを作ります』という宣言をして、このドラゴンクエストをスタートさせた」

 

こうして準備が整い、ドラクエ伝説ははじまったのでした。

 

ドラクエの製作過程 開発初期

 

堀井

 

まずプレイヤーが自由に歩ける地図を描き、人物を配置しセリフを描いていく。

 

ゲームの温かみを出す

 

堀井氏がセリフを書くうえで気をつけたこと

 

堀井

「コンピューターはどうしても冷たいイメージがあるんで、なるべく人間臭いセリフを書こうと。分かりやすくとにかく。ということに気をつかいました」

 

堀井氏の呪文名の考え方

 

堀井

「感覚でしたね。『ホイミ』だったら身を守るんでミは『身』でしょ。ホは『保温』とか『保湿』そういうイメージです。『メラ』は燃えるからメラだし、『ギラ』はギラッと行っちゃうからギラだし。関西人なんで擬音が多いんです会話に。そういう感じですね。擬音です」

 

鳥山明のキャラクターを生み出す力

 

堀井

「鳥山さんのモンスターって可愛いんですよね。すごく温かみがあって丸っこくて、ゲームが殺伐としないんですよね」

 

鳥嶋

「鳥山さんのキャラクターデザインは、他の漫画家さんとは決定的に違うことがあります。鳥山さんのモンスターだけは必ずユーザーと目が合うように目が描かれているんです。モンスターが出てきた時に迫力があるし驚くんです。漫画で培った視点や技術だと思いますね。」

by カエレバ

こうして冷たい印象になりがちなゲーム全体に独特の温かみが生まれた。

 

音楽担当すぎやまこういち氏との出会い

 

すぎやまこういちのプロフィール

 

千田プロデューサーはゲームの内容は満足していたものの音楽には物足りなさを感じていた。そんな時、偶然、すぎやまこういちと知り合いになるチャンスが訪れた。

 

偶然の出会い

 

千田氏が将棋ゲームのアンケートはがきに目を通している際に、すぎやまこういち氏からアンケートが届いたことを発見。

 

そして、杉山氏がゲーム大好きということを知り、ゲーム音楽作成を依頼し、「ゲームの仕事なら大歓迎」とのことで、すぎやま氏のメンバー入りが決定したのでした。

 

ところが

 

 

堀井氏・中村氏と意見が対立

 

 

堀井氏・中村氏の意見

 

・既に、その時点でサウンドプログラマーが音楽を作っている

 

・ゲームを知らない人に音楽作成は無理

 

・大作曲家の先生にお願いしたらイメージが違っても作り直しをお願いできないかもしれない

 

千田氏の意見

 

・ドラクエは世界一を目指しているから本格的な音楽が必要だ!

 

・すぎやま先生は大のゲーム好きだから大丈夫!

 

という意見が出て対立してしまう。

 

千田氏はここで、中村氏にすぎやま氏に一度あってみてほしいとお願いする。

 

その結果

 

すぎやま

「ゲームをよく知らない人にお願いするのは良くないというような拒否反応があったらしいのですが、中村さんとゲームのいろんな話をしているうちに盛り上がって。すぎやまさんはこんなにゲームが好きなんだ、ってことが分かって、じゃあお願いしようってことになったと記憶しています。」

 

こうして、「すぎやまこういち」が仲間に加わった。

 

しかし、与えられた時間はあまりに短くなんと1週間しかなかったという。

 

「1週間でできると思いましたか?」

 

すぎやま

「できると思いました。」

 

結果、たった1週間で8曲を生み出した。

 

ドラクエのオープニングの「序曲」は5分で作られたというから驚きです。

 

堀井

「ビックリして。今までのゲームはピコピコとかリズム音だったのが、クラシック。フィールドにのせて歩いてみるとみんなして『いいねこれ』これしか考えられないよって。中村君も納得していきましょうって話になって。」

 

こうして1986年5月27日ドラゴンクエスト第1作が発売された。

 

ところが

 

実際は発売してもなかなか売れなかったドラクエ。

 

ドラクエの人気を決定づけたのはドラクエⅡからだったという。

 

仲間とともにストーリーを展開するところが大ヒットに繋がったという。

 

千田

「最初の出荷が50何万本だったと思うんですけど、100万に行くまで年内ぐらいかかった。けっこう無理やり100万にした記憶がありますよ。」

 

こうしてドラクエ人気に火が着き、爆発的ヒット。

 

ドラクエを求めて日本中に長蛇の列ができた。ドラクエⅢは380万本の爆発的大ヒットをした。

 

堀井

「新宿の事務所だったんだけど、自転車で観に行ったの。寒い中並んでくれているのを見て、すごい悪い気になって『ありがとうございます』って」

 

千田

「ゾクゾクってしましたね。これだけのお客さんが我々の商品のために並んでくれるんだってことで。正直、嬉しかったですね。」

 

堀井氏が好んで使う言葉

 

「人生はロールプレイング」

 

「人生の主人公はあなたなんだから。あなたを幸せにするのはあなたしかいないから。あなたが主人公で面白い物語をしてください。誰かの人生の脇役じゃないんで。人の目を気にしなくてちゃんと自分で生きればいいんじゃないかと。人と比べたりしなくてというメッセージですね」

 

www.yocheckya.net 

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